ハラに溜まってしまう思い (2022/11/3)

昨日の投稿で、
女性とヤリたい男というのは
 お腹が空いて泣いてる赤ちゃんの
ようなものだから、
会う気もヤル気もないのに
エロやセックスをチラつかせて
男の気を惹こうとする女は
空腹で泣いている赤ちゃんに
オッパイや食べ物を見せながら与えない
というような、
人として倫理的に許されないことを
しているわけで、
法治国家での振る舞いは別として、
そんなことをされたら、男には
殺意に近いものが湧いたりする
と書いたのだけど、
それ、何人かの女性には
新鮮に響いたようで。
いやね、本当に殺意に近い憤りが
湧いてくるのですよ。
それっておそらく本能的なものだから、
理性とか人格レベルの話ではない。
・・・
そういえば以前、
私のパートナーがインスタライブか何かで、
女性の身体って、
しかるべきときに与えられるべき快感が
与えられないと、
ハラの中に怨みが溜まってくるんですよ。
って話していたことがあった。
彼女の昔のパートナーが、
めちゃ優しくていい人だったけど、
セックスでの所作がイマイチだったようで、
彼女は当時、その元彼氏のことを
大好きだと想いながら、一方で
死ねやー、とも思っていて
すごく苦しかった、と。
こんなハラの中で思っている
身も蓋もないことを話す女性は
レアだと思うけど、
それってさ、
男が性欲を弄ばれたときに湧いてしまう
殺意に近い感情と似たものじゃない?
と、思う。
それも、人格レベルの話ではなく
本能から湧き出てくる感情なんだろう。
・・・
ここで、
大学の一般教養科目の「哲学」の
授業だったかで聞いた、
ルサンチマン」という言葉を思い出した。
ルサンチマンというのは、
弱者が強者に対して抱く嫉妬や憤りを
指す言葉らしいけど、
弱者、強者の解釈を広げると、
自分の思い通りにならない人への
憤りや嫉妬とも捉えられないか。
それって、相手や対象が自分に危害を
加えてきてるわけではないから、
怒りの感情を表に出せずに
ハラに溜め込んでしまいがちになる。
先日チラッと書いたけど、
私のパートナーに友達申請したのに
無視されてきた寂しいオジサンが
彼女のノロケ投稿に激怒した、
というのも、ルサンチマンなんだろうなと
言えなくもない。
私自身も、リアルでそういう立場に
なったことがあるからよくわかる。
そうしてハラに湧き起こる憤りは
理性で抑え込むのは大変なんですよ。
・・・
その、哲学の授業でのルサンチマン
例として、
伝統的な大家族で起こってきた
「嫁いびり」の話があった。
「嫁いびり」とは、
年老いたお母さん(姑)が、同居している
息子の嫁を虐めたり嫌がらせをしたりする
現象ね。
私の妹の嫁ぎ先でも、
多少の嫁いびりはあったようだ。
哲学の授業での「嫁いびり」の解説。
年老いた母がいるとする。
夫は既に他界している。
夫の死後は、別の男と仲良くなるのではなく
「未亡人」として夫の菩提を弔うことが
美徳とされるので、そうしている。
ずっと可愛がってきた息子がいる。
成長するにつれて、
自分が若い頃に肌を重ねた夫に、
姿形も声も仕草も似てきている。
その最愛の息子が、
自分よりはるかに若い女を妻とし、
自分と同じ屋根の下で毎晩のように交わり、
時に若い女の喘ぎ声が漏れ聞こえてくる。
そして自分は、
それを祝福しなければならない立場にいる。
こんな残酷なことが、
日本の大家族では起こってきたんだけど、
誰も表向きにはそれが残酷だとは思っていない。
そうして姑のハラの中に溜まった
日中に息子の嫁への嫌がらせとして
爆発してしまうのだが、
自分自身、そのハラの中の憤りが
何なのか、さっぱりわからない。
そして、嫁への嫌がらせについて
最愛の息子から非難され、
またルサンチマンは溜まっていくのである。
・・・
平成、令和になると、
息子が結婚するくらいの年齢のお母さんは
まだまだ女として現役だし、
現代は他に気を紛らす刺激はいろいろ
あるから、昔ほどの陰湿な関係には
ならないでしょうけどね。
これも、抑圧された性欲が
ハラの中の怒りになって溜まってしまう
例なのでしょう。
・・・
性欲というのは強い本能で、
そこからハラに湧き起こる感情というのは
理性の力で抑えるのは大変だし
抑えても違う形で増幅したりしますからね。
本能的な欲求というのは、
否定したり変に抑圧したりするのではなく、
自分なりの発散の仕方を工夫していかないと
しんどい生き方になるような気がしますね。
今のパートナーを見てて思うのだけど、
セクシャリティの開花は、
どんな高級美容液よりも強力なものなんだろう。
男女共に、
一定の年齢を超えてくると
異性を意識して生きているかどうかで
全く外見もエネルギーも変わってきますね。